
中学受験でもっとも重要な科目は何?という記事で、ボクは「国語こそ最重要な科目だ」と書きました。
本稿では、その理由をもう少し詳しく書こうと思います。
国語が最重要科目だと考える理由
思考の土台は国語力
算数でも理科でも社会でもそうですが、基本的な事柄を身につけたら、次に待ち受けているのはその応用です。
特に理科や社会といった教科では、設問に長文を伴うことも多く、中には、そこで使われている本文自体に、考えるためのヒントが隠されていることもよくあります。
受験生は、長い問題文を読み解きながら、設問に対応する「ヒント」を読み取り、探し出し、自分の頭の中で知っている知識も動員しながら考えを組み立てていかないといけない、そんな問題が、難関校を中心に出題されます。
このとき、文の読み取りが満足にできなければ、そもそも話になりません。
それだけでなく、考えたことを頭の中でまとめていかないといけない場合、「考えること」「まとめること」、これらはすべて言語を介することになります。
日本語の環境下で育った子供たちであれば、日本語で考えることになります。
つまりは、思考の中枢に日本語がある。
しっかりとした日本語力、国語力なしに、こういった場面で適切な対応は難しいでしょう。
論理的に読み解く力を磨くと、将来何倍にもなって返ってくる
小学生、特に中学年以上の子供たちには、個人差はありますが、ちょうどこれぐらいの時期から思考方法が「具体から抽象」へと徐々に変化していきます。
そしてそれと同時進行するように、論理的な思考力も、徐々に育っていきます。
このとき、こういった思考の変化の橋渡しをしてくれるのは言葉であり、国語です。
もちろん、子供の状態を無視して、一足飛びに「具体から抽象」に考えを切り替えさせることはできないし、無理に論理的に考えさせるというのもよくありません。
ですが、国語をしっかり勉強し、たくさんの文章に触れ、その書かれた内容を理解しようと努める過程で、こういった力は徐々に育成されるでしょう。
中学受験では、特に最難関レベルの学校では、この延長として、大人でも読み解くのが難しいような内容の文章題が出題されることがあります。
基本レベルのトレーニングが十分できていない子には、当然対応できない内容です。
ですから、特に小学校の中学年(3年や4年)あたりからは、「たくさんの文章に触れ、その書かれた内容を理解」するように努めていく必要があります。
しかし、こういった最難関の学校が出題するレベルの国語に対応できるように勉強してきた子は、大学受験の際の現代文の読み取りではさほど苦労しなくて済みます。
それだけでなく、高い論理性を身につけた子は、将来にわたって、それを生かせるようになる可能性が高いのです。
(数学のように、高度な論理性を要求される教科でも、国語を通じて論理的に考える力をつけておくことは非常に有益です。)
ここにも、国語をきちんと学ぶ意味があります。
受験のときは頼りになる味方になる
もっと卑近なことでいうと、先の記事にも書いたように、国語を得点源にできる子は入試に強い。
これは間違いありません。
算数で多少へこんでも、国語が安定していれば大きくコケることも少ないし、ほぼ期待通りの結果を出してきてくれるものです。
国語力は後発でも伸ばせるか?
今見てきたように、非常に重要な国語力ですが、今から力をつけていけるのか、これが大きな問題です。
今、といっても人それぞれですから、ここではそのヒントになりそうな記事を紹介するにとどめます。
ぜひ家族一丸で、子供の国語力を伸ばしてほしいと思います。
スカイプ個別指導で国語もやっています
